🗺️歴史をたどりながら、世界遺産を知る2026年度版
← チャプター一覧

石の輪、モアイ、砂漠に描かれた絵

文字を残さなかった人々の、巨大なメッセージ

紀元前3100年ごろ〜紀元後

第12話では、文字による記録をほとんど残さなかった人々が、石と大地に刻んだ巨大な造形物を見ていく。まずイギリスのストーンヘンジ。5000年ほど前から、何世代もかけて巨大な石が円形に立てられた、先史時代の遺跡だ。次にチリ領のラパ・ヌイ国立公園、通称イースター島。絶海の孤島に、大小あわせて数百体もの石像モアイが立ち並ぶ。そしてペルーのナスカの地上絵。乾燥した砂漠の大地に、巨大な動物や幾何学模様が描かれている。 第1話で見たエジプトやメソポタミアの文明は、文字を発明して記録を残した。これに対して今回の3つは、作った人々の記録がほとんど残っておらず、何のために作られたのかが、いまも完全には分かっていない。だからこそ、『分かっていること』と『推測されていること』を分けて学ぶことが大切になる。日本編の縄文遺跡群にも、巨石を円形に並べた環状列石(ストーンサークル)があり、世界の各地で人々が似たような形を残したことも、興味深い共通点だ。

このチャプターで押さえる世界史の軸

  • ストーンヘンジ―巨石を円形に立てた、先史時代の遺跡。太陽との関わりが指摘される
  • ラパ・ヌイ国立公園―絶海の孤島に立つ石像モアイと、ポリネシアの人々
  • ナスカとパルパの地上絵―乾燥した砂漠に描かれた、巨大な図形と動物

🎧 第12話:石の輪、モアイ、砂漠に描かれた絵

想定12分

ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連遺跡群(イギリス)の写真

写真:Stonehenge 2022-05-05a — Rabe!(CC BY-SA 4.0) via Wikimedia Commons

文化遺産検定区分:世界の文化遺産
1986年登録

ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連遺跡群

イギリス

イングランド南部、ソールズベリー平原にある、先史時代の巨石遺跡。巨大な石を円形に立て、その上に横石を渡した構造で知られる。建設は一度に行われたのではなく、紀元前3100年ごろから1000年以上にわたって、何段階にも分けて作り替えられたと考えられている。現在の姿の中心となる石の環は、およそ4500年前に築かれたとされる。 使われた石には大きく2種類ある。大きなサルセン石は、約26キロ離れた場所から運ばれたとされ、小さめのブルーストーンは、はるか遠く、ウェールズの丘陵地帯から運ばれたと考えられている。何のために作られたのかは、はっきり分かっていないが、夏至の日の出の方向と入口の向きが重なることから、太陽や季節と深い関わりがあったとする説が有力だ。埋葬地や儀式の場だったとする説もある。近くには、直径が300メートルを超える、世界最大級のストーンサークルをもつエーヴベリーの遺跡もあり、あわせて世界遺産に登録されている。日本編の縄文遺跡群にも環状列石があり、世界各地で似た形の遺跡が作られた。

📝 検定ポイント(これだけは覚える)

  • 登録年は1986年、所在地はイギリス(イングランド南部のソールズベリー平原)
  • 紀元前3100年ごろから段階的に築かれた先史時代の巨石遺跡、夏至との関わりが指摘される
  • エーヴベリー(世界最大級のストーンサークル)とあわせて登録、目的は完全には分かっていない

雑学メモ

  • ストーンヘンジは紀元前3100年ごろから、1000年以上にわたって何段階にも作り替えられたと考えられている。
  • 石の一部(ブルーストーン)は、はるか遠くのウェールズの丘陵地帯から運ばれたとされるが、運搬方法は完全には分かっていない。
  • 夏至の日の出の方向と入口の向きが重なることから、太陽や季節との関わりがあったとする説が有力だが、目的は確定していない。
🌍 Google Earthで場所を見る
ラパ・ヌイ国立公園(チリ)の写真

写真:Standing Moai at Ahu Tongariki, Easter Island, Pacific Ocean — Bjørn Christian Tørrissen(CC BY-SA 3.0) via Wikimedia Commons

文化遺産検定区分:世界の文化遺産
1995年登録

ラパ・ヌイ国立公園

チリ

南太平洋にぽつんと浮かぶ、チリ領のイースター島にある国立公園。チリ本土から約3500キロメートル離れ、最も近い有人島からも約2000キロメートルという、世界でも有数の孤立した島だ。現地の言葉では『ラパ・ヌイ』と呼ばれ、『イースター島』という名は、1722年のイースター(復活祭)の日に、オランダの探検家がこの島に到達したことに由来する。 島の象徴が、モアイと呼ばれる石像だ。島には900体ほどのモアイがあるとされ、ラノ・ララクの火山の斜面にある石切り場から切り出され、10世紀から16世紀ごろにかけて造られたとされる。高さは数メートルのものが多く、最大級のものは約10メートルにおよぶ。海に背を向けて島の内側を向いて立つものが多く、祖先の霊を表すものと考えられている。島には、ポリネシアの人々が海を渡って移り住んだとされる。時期には諸説があり、12世紀ごろとする説が有力だが、西暦300年ごろとする見方もある。島には、いまだ解読されていない文字『ロンゴロンゴ』も伝わる。モアイを作り、運ぶために森林が失われたとする説など、島の歴史には諸説があり、研究が続けられている。

📝 検定ポイント(これだけは覚える)

  • 登録年は1995年、所在地は南太平洋のチリ領イースター島(現地名ラパ・ヌイ)
  • 石像モアイ(約900体、ラノ・ララクの石切り場で切り出された)、海を背に立つものが多い
  • ポリネシアの人々が移り住んだとされる島、未解読の文字ロンゴロンゴ

雑学メモ

  • 『イースター島』の名は、1722年のイースター(復活祭)の日に、オランダの探検家が到達したことに由来する。現地の呼び名は『ラパ・ヌイ』。
  • モアイは島に900体ほどあるとされ、ラノ・ララクの石切り場から切り出された。海に背を向け、島の内側を向いて立つものが多い。
  • 島には、いまだ解読されていない『ロンゴロンゴ』と呼ばれる文字が伝わっている。
🌍 Google Earthで場所を見る
ナスカとパルパの地上絵(ペルー)の写真

写真:Líneas de Nazca, Nazca, Perú, 2015-07-29, DD 52 — Diego Delso(CC BY-SA 4.0) via Wikimedia Commons

文化遺産検定区分:世界の文化遺産
1994年登録

ナスカとパルパの地上絵

ペルー

ペルー南部、太平洋岸に近い乾燥した砂漠の大地に描かれた、巨大な図形の群れ。ハチドリ、サル、クモ、コンドルなどの動物や植物をかたどった絵のほか、何キロも続く直線や、三角形などの幾何学的な図形が数多く描かれている。大きなものは、数十メートルから、数百メートルにおよぶ。1994年に『ナスカとフマナ平原の地上絵』として登録され、2019年に、パルパの地上絵も加えて、範囲が拡大された。 地上絵は、地表を覆う黒っぽい小石を取り除き、下にある明るい色の地面を露出させて描かれている。雨がほとんど降らず、風も弱い、乾燥した気候のおかげで、2000年ほど前に描かれたとされる図形が、今も残っている。描かれたのは紀元前500年ごろから紀元後500年ごろにかけてとされ、ナスカ文化の人々によるものと考えられている。地上からは全体像がつかみにくく、空から見て初めて形がはっきり分かる。何のために描かれたのかは、雨乞いの儀式、天体の観測、聖なる道など、諸説があり、確定していない。ドイツ出身の数学者マリア・ライヒは、長年この地に住んで地上絵を研究し、その保護に力を尽くしたことで知られる。

📝 検定ポイント(これだけは覚える)

  • 登録年は1994年(2019年にパルパの地上絵を加えて拡大)、所在地はペルー南部の砂漠
  • ハチドリ・サル・クモなどの動物の絵と、直線や幾何学図形、ナスカ文化の人々が描いたとされる
  • 黒い小石を取り除いて描かれた、目的は諸説ある、マリア・ライヒが研究・保護に尽力

雑学メモ

  • 地上絵は、地表の黒っぽい小石を取り除いて、下の明るい色の地面を出すことで描かれている。
  • 描かれたのは紀元前500年ごろから紀元後500年ごろにかけてとされ、ナスカ文化の人々によるものと考えられている。目的は、雨乞い・天体観測・聖なる道など諸説がある。
  • ドイツ出身の数学者マリア・ライヒは、長年この地で地上絵を研究し、保護に力を尽くした。
🌍 Google Earthで場所を見る
このチャプターのクイズに挑戦する →