🗺️歴史をたどりながら、世界遺産を知る2026年度版
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巨大古墳、東北の浄土、信仰の山

国造りの原点から、地方に咲いた極楽、そして芸術の源泉へ

古墳時代(5世紀)〜江戸時代

日本編の第5章は、時代を大きくまたいで3つの遺産をたどる。まず百舌鳥・古市古墳群。仏教が伝来するより前、古代の王たちは巨大な墓(古墳)を築くことで権力を可視化した。これは世界史編で見たエジプトのピラミッドと同じ発想だ。次に平泉。都から遠く離れた東北の地で、奥州藤原氏が独自に「極楽浄土」を地上に再現しようとした壮大な試みを見る。そして富士山。単なる山ではなく、信仰の対象でありながら、江戸時代には浮世絵を通じて日本の象徴的な芸術のモチーフにもなった、その二重の顔をたどっていく。

このチャプターで押さえる世界史の軸

  • 古墳という「見える権力」(世界史編のピラミッドとの対比)
  • 奥州藤原氏と、地方に築かれた独自の極楽浄土
  • 山岳信仰から芸術のモチーフへ、富士山の二つの顔

🎧 日本編 第5話:巨大古墳、東北の浄土、信仰の山

想定12分

百舌鳥・古市古墳群

写真:Daisenryo Kofun zenkeiSaigen JiroCC0) via Wikimedia Commons

文化遺産検定区分:日本の遺産
2019年登録

百舌鳥・古市古墳群

日本(大阪府)

5世紀頃、古代日本(ヤマト王権)の権力者たちが築いた巨大な墳墓の集まり。代表格である仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)は、鍵穴のような形をした「前方後円墳」で、その面積は世界最大級とされる。仏教が伝来する前のこの時代、王の権威は寺院や仏像ではなく、周囲を圧倒する巨大な墓そのものによって示された。 これは、世界史編で見たエジプトのピラミッドと発想の根が同じだ。エジプトのファラオは死後に太陽神のもとへ昇るための装置としてピラミッドを築き、日本の王たちは前方後円墳という独自の形で、権力と死後の世界への祈りを可視化した。ただし、日本の古墳が国家の総力を挙げた宗教的プロジェクトというよりは、地域の首長たちの勢力誇示という側面が強かった点は、エジプトとの違いでもある。

📝 検定ポイント(これだけは覚える)

  • 登録年は2019年、所在地は大阪府
  • 代表資産は仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)、世界最大級の墳墓
  • 「前方後円墳」という独自の形状、仏教伝来以前の古墳時代を象徴する

雑学メモ

  • 仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)は、体積で比べるとエジプトのクフ王のピラミッドや秦の始皇帝陵をしのぐとされ、世界最大級の墳墓のひとつに数えられる。
  • 「前方後円墳」という独特の鍵穴形は、日本列島各地で見られるが、その形の意味や成立過程は今も研究が続いている。
  • 古墳の周囲や頂上には「埴輪」と呼ばれる素焼きの人形や動物、家などの像が並べられ、当時の生活や信仰を伝える貴重な資料になっている。
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平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群

写真:Konjikido (Chusonji)Higa4CC0) via Wikimedia Commons

文化遺産検定区分:日本の遺産
2011年登録

平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群

日本(岩手県)

12世紀、都から遠く離れた東北の地で栄えた奥州藤原氏が、独自の繁栄を築いた拠点。中心となる中尊寺の金色堂は、内外をすべて金箔で覆われた、まばゆいばかりの仏堂だ。奥州藤原氏は、東北地方特産の金や馬、北方との交易によって莫大な富を築き、その富を背景に、都の文化に負けない独自の仏教文化を地方に花開かせた。 平泉が象徴するのは、「中央(京都)とは違う場所に、独自の楽園を作る」という発想だ。当時の人々は、この世の穢れから離れた「極楽浄土」への往生を強く願っており、奥州藤原氏は金色堂やその庭園を通じて、その極楽浄土をこの東北の地に、目に見える形で再現しようとした。中央の権威に頼らず、独自の経済力と信仰心で地方に一大文化圏を築いた点は、日本史の中でもユニークな存在だ。

📝 検定ポイント(これだけは覚える)

  • 登録年は2011年、所在地は岩手県
  • 中心資産は中尊寺金色堂、奥州藤原氏が建立
  • 「仏国土(浄土)」を地上に表現した建築・庭園群という評価軸

雑学メモ

  • 中尊寺金色堂は、堂の内部・外部のほぼすべてが金箔で覆われており、螺鈿細工や象牙などの装飾も施された、平安時代の工芸技術の粋を集めた建築とされる。
  • 奥州藤原氏の初代・清衡から3代秀衡までの遺体は、金色堂の内部にミイラ化した状態でそのまま安置されている。
  • 平泉の繁栄は約100年続いたが、4代泰衡の代に源頼朝によって滅ぼされ、奥州藤原氏の時代は終わりを迎えた。
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富士山―信仰の対象と芸術の源泉

写真:Mount Fuji at sunset, March 2025Romain GuyCC0) via Wikimedia Commons

文化遺産検定区分:日本の遺産
2013年登録

富士山―信仰の対象と芸術の源泉

日本(山梨県・静岡県)

日本最高峰の独立峰であり、古くから神が宿る山として信仰の対象とされてきた。興味深いのは、富士山が自然遺産ではなく「文化遺産」として登録されている点だ。これは、富士山そのものの自然的価値というより、山岳信仰の対象として、また絵画・文学など芸術の源泉として、人々の精神文化に与えてきた影響が評価されたためだ。 江戸時代には、庶民の間で富士山に登る「富士講」と呼ばれる信仰登山が流行し、また葛飾北斎の『富嶽三十六景』に代表されるように、富士山は浮世絵の題材として繰り返し描かれた。これらの浮世絵は後にヨーロッパの印象派の画家たちにも影響を与えたとされ、富士山は日本国内の信仰にとどまらず、世界の美術史にまで影響を及ぼした山と言える。

📝 検定ポイント(これだけは覚える)

  • 登録年は2013年、所在地は山梨県・静岡県
  • 自然遺産ではなく「文化遺産」としての登録(信仰・芸術の対象という評価軸)
  • 江戸時代の「富士講」(信仰登山)、葛飾北斎『富嶽三十六景』が代表例

雑学メモ

  • 富士山は登録の際、環境保護の観点から一度は自然遺産としての登録を目指したが、ゴミ問題などが理由で断念し、文化遺産として再挑戦し登録された経緯がある。
  • 葛飾北斎の『富嶽三十六景』は、実際には46枚の作品からなり、様々な場所・季節・天候から見た富士山を描き分けている。
  • 江戸時代に流行した「富士講」では、実際に登山できない人のために、富士山を模した小さな山(富士塚)が各地の神社に作られた。
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