
写真:Xian, Terracotta Army — Arian Zwegers(CC BY 2.0) via Wikimedia Commons
秦の始皇帝陵及び兵馬俑坑
中国
紀元前221年、戦国時代の分裂状態にあった中国を初めて統一した秦王政は、みずから『始皇帝』と名乗り、中国史上初の皇帝となった。その死後の世界を守るために築かれたのが、始皇帝陵に付属する兵馬俑坑だ。1974年、井戸を掘っていた農民によって偶然発見されたこの地下軍団には、実物大の兵士像・軍馬像・戦車像が、推定8000体以上も整然と並んでいたとされる。像はひとつひとつ顔立ちや表情、髪型が異なり、当時の実際の兵士をモデルに製作されたと考えられている。 始皇帝陵そのものはいまだ本格的な発掘がされておらず、その内部の様子は古代の歴史書『史記』の記述からしか知ることができない。『史記』には、内部に水銀で川や海を再現した壮大な地下宮殿があると記されており、実際に陵墓周辺の土壌から高濃度の水銀が検出されたことから、この記述にはある程度の信憑性があると考えられている。発掘技術や保存技術がさらに進歩するまで、あえて手を付けずに未来へ託すという判断がなされている点も、この遺産の特徴だ。
📝 検定ポイント(これだけは覚える)
- 登録年は1987年、所在地は中国・陝西省、紀元前221年に中国を統一した始皇帝の陵墓
- 1974年、農民が偶然発見、推定8000体以上の兵馬俑(兵士・軍馬・戦車の像)
- 始皇帝陵本体は未発掘、『史記』の記述と土壌の水銀濃度が内部構造を示唆
雑学メモ
- 兵馬俑は1974年、井戸を掘っていた地元の農民によって偶然発見され、その後の発掘調査で推定8000体以上の兵士像・軍馬像の存在が明らかになった。
- 兵馬俑の像はひとつひとつ顔立ちや表情が異なっており、当時の実際の兵士がモデルになったと考えられている。
- 始皇帝陵の本体はいまだ発掘されておらず、『史記』の記述と、周辺土壌から検出された高濃度の水銀が、内部に水銀の川や海があるという記述の信憑性を裏付けている。

