写真:Parthenon east Acropolis, Athens, Greece — Jebulon(CC0) via Wikimedia Commons
アテネのアクロポリス
ギリシャ
アテネ市内を見下ろす丘の上に築かれた神域。中心となるパルテノン神殿は、紀元前5世紀、政治家ペリクレスの指導のもとで建設された、女神アテナに捧げられた神殿だ。この時代のアテネは、成人男性市民が民会に集まり直接投票で政治を決める「直接民主政」を実践していた。エジプトのファラオやメソポタミアの王とは異なり、特定の支配者ではなく、市民全体が意思決定に参加するという、当時としては画期的な仕組みだった。 ただし、この民主政に参加できたのは成人男性市民だけで、女性・奴隷・外国人は対象外だった。現代の民主主義とは大きく異なる限定的なものではあったが、「市民が政治に参加する」という発想の原点として、後の西洋政治思想に大きな影響を与えた。パルテノン神殿の均整の取れた柱の並び(ドーリア式)は、西洋建築の基本様式のひとつとして、今も世界中の公共建築に影響を残している。
📝 検定ポイント(これだけは覚える)
- 登録年は1987年、所在国はギリシャ
- 中心建造物はパルテノン神殿(女神アテナに捧げられた)
- ペリクレスの時代(紀元前5世紀)に直接民主政が実践された
雑学メモ
- パルテノン神殿の柱は、実は完全な直線ではなくわずかに湾曲している。遠くから見たときに直線に見えるよう、目の錯覚を計算に入れた高度な設計がされている。
- アテネの民主政で使われた「陶片追放(オストラシズム)」は、独裁者になりそうな人物の名前を陶器のかけらに書いて投票し、多数票を集めた人物を10年間国外追放するという制度だった。
- パルテノン神殿は歴史の中でキリスト教の教会、イスラム教のモスクとしても使われたことがあり、17世紀には火薬庫として使われていた際の爆発で大きく損傷した。